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お知らせ


《十日町石彫プロムナードの作家たち2022》地元紙発表を行いました!

2022. 6. 26

現在開催中の《十日町石彫プロムナードの作家たち2022》
開催に先駆けて、地元紙発表を行いました。
たっぷりお話いただいたのでその内容を抜粋し、掲載いたします。

Q1. 十日町石彫シンポジウムでの思い出などをお聞かせください。
Q2. 石で彫刻を作ることの魅力と苦労をお聞かせください。
Q3. 今回出品された作品のテーマなどをお聞かせください。
作品と合わせてぜひお楽しみください!!

Q1.十日町石彫シンポジウムでの思い出などをお聞かせください。

岩田:岩田です。私は、こちらのシンポジウム、いつ頃出品したのか略歴に出ておりますけど。まぁ、皆さんご存じかと思いますけど、選考委員の一人、藤巻先生に声を掛けられまして。 (中略)
それで予備的にって言っては何ですけど、どんなとこかっていうことで見に来たんですけど。その時もですね、豪雪地帯だっていうことを知らなかったんですよ。きれいなとこだなぁと。こういう所で彫刻を作って展示するっていうことがね、まぁ私なんかの彫刻家にとっては素晴らしいことだと。そう思いまして、シンポジウムに参加したんです。そしたら、ここは昔、縄文土器の火焔型土器っていうのが出土したと。で、驚きましてね。こんな所にこういうものが出てくる歴史があったのかと。で、そのことは作品を作っている私にとっては大変な歴史的驚きでしたね。
同級生とか3人か4人くらいでシンポジウムに参加して、コツコツコツコツ黙って制作してました。まぁ、藤巻先生は気安くいろいろお話していただいて。十日町の歴史なんかも時々お話を聞く機会もありまして、素晴らしいなぁと思いました。まぁ、昔から彫刻っていうふうに限定しないまでも、日本の歴史とか、あるいはここの十日町の歴史とかそういうものが土に浸み込んでいる所だなぁという感じがありました。まぁ、私は人間像を作るのが主なんで、いろんな意味でいろんな所に作品は残しておりますけど、こちらの十日町に残した作品は私の初期の作品で、ある意味では少女像、まぁ少女というよりも若い人を作ったつもりなんですね。まぁ、そういう意味でその後いろんな市民の方々に親しまれてきてるということもお聞きしたこともありますけれど。いろんな所に、街のなかに彫刻を置いていらっしゃるのは素晴らしいなぁというふうに思いました。 (中略)
それから20何年経って今日があるわけですけれど、やはりそういう街づくりについての中心的な企画もさることながら、やはり非常に熱心で、なおかつ芸術性の高い作家の方や推進者が中心におられるということが後で分かってきまして。まぁ、何とも素晴らしい街づくりだなぁと。街づくりっていうか、市民が芸術性というものを高く評価されているっていうその根本が見えてきたんで。まぁ、私としてはちょうどいろんな、日本全国的にいろんな美術館ができ、新しい企画ができ、なおかつ世界というものが日本の国民に開かれた状況になってきているということが、この10年20年の間にいろいろといろんなイベントが出てきました。ただそれは、どちらかっていうと市民の街づくりというか、行政がそれを主体的にっていう以上に、市民の街づくりっていうのが非常に積極的に出来始めたのが、ここの街づくりかなぁと。まぁ、私の記憶のなかでは愛知県の碧南市の街づくりとかね。それとか、いろんな美術館が新しい企画で街づくり的な企画を実行していくというような状況が出来上がりつつある今日ですね。
ただ、私が今日しゃべりたいのは、日本というものについての戦後の市民活動は一体どういうものなのかっていうね。それがなかなか伝わってこない状況から、一歩でも半歩でも進んだっていう、そういう感じが今日あります。その代表としては、この十日町市の石彫プロムナードなどですね、非常に日本の次の時代をですね、明示するような感じがしております。まぁ、そういう意味で、今後どうするかっていうこと以上にですね、積極的な市民の方たちの参加と企画をですね、全国的に見ている人が多くなってきたということは言えるだろうと思います。 (後略)

荻野:荻野と申します。僕は第1回目、立ち上げの時ですね。あんまり昔なので、正確に何年前というのは忘れましたけれども。そうですね、若かったですね、40前後の時に初めて、新潟県で初めてのシンポジウムに参加させていただいたんですけれども。そうですね、私も新潟に住んでおりますけれども、新潟っていう所はやっぱり彫刻っていうのはとても、美術全体がそうなのかもしれないですけれども、とても弱い所です。行政もそうだし、市民の方もあまり関心のないという所です。で、呼ばれる前は十日町市って所に、私新潟県に住んでますけれども、来たことがなかったんです。なぜ来たことがないか、あんまり用事がない。とても怒られますでしょうけど。要するに東京に出るにしても、富山、関西に行くにしても、ちょうど真ん中にあってここを通らない。長野へ行くにしても上越
回った方が道もいいし、まぁ風景見たかったらここが一番良かったでしょうけれども。まぁそういう所で、十日町市っていうことは知っておりまして、着物の産地だっていうことも知っておりました。中学でちゃんと習いましたから。でも、どういうふうな活動、どういうふうな市民がどういうふうに生活をしているかっていうことは全然知りません。まぁ同じ新潟だから、新潟弁しゃべってんだろうぐらいなもんです。でも、その、うわぁ、そんな所でこんなシンポジウムなんかやるんだって。はじめ、藤巻さんから電話いただいて、とても驚きました。そんな素養があるんだって。新潟県にそんな素養のある町があるとは思わなかった。いろんなことで僕も割に活動しましたけれども、とても固い、文化に対してはとても固い。金も出さない、口も出さない、関心もないっていう所でやっつけられてましたから、でも十日町はそういうことができるんだって。
藤巻さんはその前から少しだけ知ってましたけども、そんなに親しく交流してたわけではありません。でもまぁ、最初は新潟県の作家だけでということで始めて、どんな方が来られるのかなぁということで楽しみにしてたんですけれども。なかなか初めはその、2回目3回目の方々みたいにプロ級の方々と一緒に作品を作っていけるかなって思ったんですけれども、そうではなかった。そうではなかったですけども、それは第1歩としてはとても大事なことで。ここから文化を発信してくんだっていうことであれば、そういうプロフェッショナルの方が余所から来るんじゃなくて、地元で一生懸命頑張って、厚い岩盤のなかでアートというものを作り出している方々と一緒にできるということは、逆に言えばとてもいいことだなぁと思って。で、初め、期待と不安といろいろ混じりながらやらせていただいたんですけども。初めなかなか皆さん忙しくて、出てこないで。一人で、一人でやってました。で、やっぱり、自分の働いている、作品を作るという作家として石を彫っている姿を皆さんに見ていただくってことは、とても有意義なことで。なかなかそういう機会はないですけども。で、いろんな方が散歩がてら見に来られて、お話したり。そのうち参加される方、まぁ藤巻さんも野上さんもいましたけども、二科で忙しくてなかなか出てこれなかったっていうのが実情だったと思います。で、ほかの3人の方、学校の先生、中学校の先生、高校の先生だったんですけれども、なかなかその方たちも忙しくって。でも、僕がやってるのを見て、あぁ、作るっていうことはこういうことなんだなってことは分かったらしいんです。だから、そういうことをしたことがない、経験がない、そういう経験を持たせてくれるような地域ではなかった。それが初めて十日町で始まった。それは本当に何かこう、雪深いここの地が、雪が解け、若葉が芽吹く、とても新鮮な感じ。その第1回目のシンポジウムに、本当に若葉を見るような感じで周りを見ながら。で、来てくださる方も日々増えてくるんですね。いろんな方が興味を持って見てくれる。あ、ここの地域ってとってもアートに関して関心の高い地域だったんだな。初めてわかりました。知らなかった。でも、そういうことっていうのは本当に新鮮だった。だから自分もやっぱり若葉出すように、雪深い所からとても新潟っていうのはそういうアートに関して関心がなく、我々はとても生きにくいなぁって思っていたけど、十日町で30何日間働いてみて、あぁ、そんなことはないんだと。ちゃんと見ていてくださる方がいて、関心がある方がいらっしゃる。気づかせていただいた地域だと。とても新鮮でした。それから今のようにどんどんどんどん発展して、国の、大地の芸術祭もあり、何て言うんですか、日本の芸術の世界の中心みたいなかたちで世界発信されてますよね。そういうその第一歩を踏めたっていうことは、これはなかなか経験ができないことで、良かったなぁと思って。で、これが、書いてますけど宝だなと思って、40日間一生懸命頑張りました。しんどかったすね、という話です。どうもありがとうございました。
松本:僕は2回目にこちらに来て仕事をさせていただいたんですが、僕にはたまたま友達がおりまして、彼が「このシンポジウムあるんだけどどうだ」っていうことで。で、たまたま調べたら先輩がやってると。同じ学校の先輩が、藤巻さんがやってらっしゃって。それで、着いてからね、いろんなことが分かりまして。それで、こちらで石彫るようにしていただいたんですが。僕は岩手なんで、もともと。僕の田舎の方は寒いんですよね。で、雪降るとあったかくなるんですよ。あ、雪降ってる、0度ぐらいであったかいと思って。そういう印象が冬はあるんですけど。こちらに、十日町に初めて来た時、雪降ってる冬に来いって言われて。それで、湯沢にみんなと集まって、他のシンポジウムの方と集まって、それでマイクロバスでこちらに。また雪がえらい降ってる時期に、ボタン雪がすごかっ
たですよ。それで湯沢は、スキー僕してたんで、時々は来ておったんですが、そのイメージで来たらもっと雪が降ってて。それで、まっぱじめが雪の十日町であって。が、彫るのは真夏なので、そのギャップがね、初めすごくて。
割と僕はシンポジウム好きなんですよね。何故かって言うと、自分が、作家が作ってそれを周りの人が見て、町の人が見て、それからそこの地場っていうか地方の、彫る場所の雰囲気っていうか、そういう所で作品を組み立てるっていうのが好きだったんですよね、もともとは。それを何回かやってきてたんで、あぁ、じゃあ日本のこういう場所でもいいんかなぁと思って。それでここが来た時に、何というかイタリアの田舎町にちらっと似てたんですよね。車で行くとこう川が流れてて、家があってって。すごく似てて、すごくあぁ懐かしいなぁと思って。それでシンポジウムの時にすごくそういうのを感じましたよね。それで、僕は山が好きなんで、山の方に行ったらその時風がすごく強くって、そのイメージが強すぎちゃって、それで作品が、こういう感じかなぁっていうんでまとめたんですけどね。で、一週間ぐらいかな、10日ぐらい何もしなかった、出来なかったんですよね。それで、あまり僕はエスキースとかそういうの作らないんで、その時のインスピレーションというか、そういうので作ってきてるタイプなんで。インスタレーションとはちょっと違うんですが。何つうんだろうな。ま、そういうのを話すと長くなるんで。
そういうような感じで、それで作り始めたんですよ。それで、作ってるとやっぱり地元の石屋さんとか、それから毎日ね、お爺さんが来てくれるわけですよ。そのお爺さんが犬連れてね、毎日散歩して。石彫り始めると来るんですよね、朝ね。で、いっつも声かけてくれて、お話して。そのお爺さんが毎日毎日見てくれて。それがすごく嬉しくて。ま、そういうのがほんとはシンポジウムの意味なんですが。ものを作って、ちっちゃい子供たちも来て一緒にがぁってやるのがシンポジウムだったんで。そういうイメージがすごく強くって。いろんな人が来てくれて、いいなぁと思って。で、ここの、十日町は散歩がてらに結構人がいらっしゃってですね、さっき荻野さん仰ってたんですけど、それがすごく嬉しくて。で、一番彫る場所がみんな嫌ってた一番暑い場所に。もうそこしか残ってなかった。みんな嫌うわけですよね。僕は暑いの強いから、その場所で彫らしていただいてたんですが。でも景色がよくて、その暑い場所にみんな来てくれて、よく質問いただいて。あぁ、これがほんとに、こういうのほんとにシンポジウムだなぁと思って。 (中略)
ここは、十日町はもっと、何て言うんですかね、落ち着いたっていうか、何なんだろうな。町自体が厚みがあるって言うかね、歴史がある。それで、そういうものの積み重ねでこう、何ていうか、人間て教養が必要なんですよね。物事を見る、話すっていう時は。そういう人が、話してると結構いらっしゃいまして。やぁ、こういう人がいるからこういうものが育つのかなぁ、みたいな。ちょっと僕もあまり教養がないんで分かりませんが。そういうの、文化っていうのをすごく感じましてね。いやぁこれは彫れるのか?と思って。彫りましたけど。
僕はもともと、具象とか抽象とかあんまり関係ないんですが。どっちかって言うと、さっき言ったように、その場所に来て考えるタイプなんで、抽象、ほとんど抽象なんですが。あまりそういうのを抽象って言っても、具象みたいな抽象なんです。見たまんま、いろんなのがあるんです。だから、もう感覚でやる抽象の方なんで、分かりにくいタイプの作品です。だから、作るのもハチャメチャであっちゃこっちゃ作る。こっちの何か変なの作ってると、こっちで、またね、ワイヤー使ったりみたいにして、そんなことしてきたので落ち着かないんですが。そういうので作っていいものかどうかと、ここへ来た時考えましてね。いやぁ、でも石をね、原石をボコッと持って来て、それを削岩機で落としてっていう手作業からずーっと見せれば、人って迫力それだけであるかなぁって。労力なんで、土方と同じで。僕らは土方ですから、体で彫るわけですから。そういう仕事の力っていうのはありますので。いろんな人が見た時に、それだけで「あ、仕事してる」。こっちもそうですよ。一日終わったっていう、仕事の満足感というかですね、そういうのはシンポジウムにありますので。それをまとめて、その期間内で一つ仕上げていくっていう、それがたぶん仕事かな。分かんないですけど、それでその地域の人たちに受け入れていただけるような、できれば、状態で守れれば。そう、僕らが持っているものがいくらか還元できるか、みたいなね。分からないですが、僕らの仕事はそういうのが仕事じゃないかと思うんですよね。だから、それが地元の人の文化があると、余計そこに留まれるっていうかね。っていうのがあったんで、シンポジウムに来た時に、そういうのを考えて彫っていましたけど。一応、ここのとこで受けた恩返しみたいな、一生懸命出来ればなぁという状態では、出来たかどうかちょっと分からないんですが。そこらへんは後の答えが出てくるでしょうから、それをずっと続けてらっしゃるので、数がすごい数だもんで。それで、大地の、新しいトリエンナーレみたいな状態が後から出てきて。だから、あぁすごいんだなぁと思って、十日町は。っていうのをやっぱり後から、その時のひとつの力にならないけれども、参加できてすごく光栄だったと今は思っております。
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Q2.石で彫刻と作ることの魅力と苦労をお聞かせください。


岩田:石を彫るということは、私のなかに石の存在がきちっと横たわる状況を待つっていうことがやっぱり大切だなぁと思います。まぁ私も石を売ってる所に行って買ったり、あるいは石切り場みたいな所で石を選んだり、いろんな出会いを石に持ってるんですけど。ただ私も模型を作るっていうことは第二第三の話で。「彫刻とは何か」っていう大きな疑問があって、それで石と出くわすっていうかね、そういうのあたりが言葉にならない部分としてあるわけですね。そういう意味で、作家がいて彫刻ができるんだろうから、作家の作品をよく見ると何を作りたいのかが分かるんじゃないかと思うんだけれども、本当はそうでもないんだよね。作家は分からないまま石のなかに自分というものを発見できるのか、どうなのかね?私も聞いてみたい疑問の第一はそこなんですね。それで、自分は石を買って来て、それをいろんな角度から、いろんな角度っていうか全体。自分が何を彫りたいかっていうのと、彫ろうとする材質がどういう材質なのかっていうことをよく知らないとね、やっぱり彫り始めない方がいいと思うね。まぁ、そのことについてはヨーロッパ近代の作家はいろんな言葉でいろんなふうに表現してるんだろうけど、自分が彫りたいっていうものがはっきりしてきたら彫りなさいと。はっきりしてこなかったら彫らない方がいいんじゃないかていうことを何人かは言ってます。そういう意味で、彫らないまま一生を終える人もいていいと思うけど。で、今回出品している作品何点かは、ある程度彫って、少し休ませて、それからまた彫るっていう、そういう不連続な制作が、まぁ続いてる作品もあるし。初めて石にぶつかってできてしまったっていう、そういう、どう言ったらいいですかね、感傷的なっていうか、衝動的な作品もあります。だから、どれにするっていうことは最初はよっぽどよく考えないと、どういうものになるのかね、なかなか作家本人だって分からない部分が多いってことがあります。 (中略)
彫刻家も同じ部分がありまして、一体人生とは何か、あるいは世界とは何か、世界観とか人生観というものを絶えず頭のなかで粘土のまぁ中練りと言うとおかしいけど、粘土という素材を練り直してですね、自分の作りたいものを作ると。だからその作りたいものというのがなかなかこれ簡単に言うけど、ここにも書いてあるけど、あの石彫制作の苦労と魅力って、書いてありますけど。石彫…石っていうものは本当に素材として自分のなかにあるのかどうなのかってことをね、認識することが非常に難しいことです。ただただ年か、あるいは何日か付き合ってみて石の声というものがね、聞こえてきます。で、声を聞かないと何を彫っていいのかさっぱりわからない。むしろその…どうですかね、模倣というか、その大彫刻家の作品の模倣に過ぎないっていうケースが、まぁ歴史を辿っていくと多いですよね。その人なりのものを作るっていうのは、本当にあのどう言ったらいいんでしょう、簡単なことではないっていうことが、まぁこのテーマをよくよく考えてみると私は実感している一人だと思います。
まぁいろいろそのテーマ性から言いますと、まだまだこの先話したいことは山ほどあるんですけど。一応この石の彫刻っていうものについてよくよく考えてみますと、そこにそれがあるというね。イタリアには大理石がある、御影石があの何県でしたっけ?福島県には御影の鉱脈があると。そういうその存在、石材の存在ってことをね、よく知るってことが大切なことだなというふうに思います。ま、それについては、ちょっと繰り返しになりますけど、思想性とか、あるいはその特有の風土、そういうようなものが自然のなかに横たわっている。自然についてはまた後で本当にこの淡々と述べてみようとは思っておりますけど、自然っていうのは難しいっていう以上にですね、自分との自然との関係性っていうものをね、よく辿って行かないと、自分はどっか飛んでっちゃうんですよね。むしろそのなか、なかにその自分というものを見つけ出すってことがね、非常に大切なことなんですね。ま、素材から言えば、石の原石を見て一年も経つと、あっ、これはこういうものなのかなっていうね。素材と存在、そういうものが、みるからに分かってきます。それが非常に重要なことなんですよね。最近、あの、イサムノグチの彫刻も東京の美術館でやったりしておりますけど、彫刻とは何かっていうと、どうしてもその作家が自然とどう付き合ってきたのか。そういう経験と、それから作家は新しくそこのなかに何を盛り込もうとしたのかなと、そういうことが作品を見たり素材を見たりしてますと沸き起こってくるっていうことね、それが大切なことかなっていうふうに私は思います。
ちょっとまだ話したいことは山ほどあるんですけど。このテーマとしてはね、私は何故石の彫刻を彫っているのかって聞かれたら、やはりその自然とは何かっていう疑問が片方にあって、石の原石を見ていると本当に宇宙の初め、ビックバンのところから、ずっとこのままだっだのかなと思ったりね。いや、どっかでその地球になんか月みたいのがバンとぶつかって、それで地球が大きく変わったということもあるんでしょう。まぁそういう意味でね、自然との関係性のなかで素材感、それから自分の人生ってものがね、素材のなかに見つかるというのがやっぱり彫刻家にとっては幸せなことだなというように思います。話がまた長くなるんで一応この辺りで区切りをつけておきます。

荻野:そうですね、石彫家にとって石は何なのかっていう、素材ですよね。石がなかったら、まぁ石彫家って言ってる以上、石がなかったら、ただのでくの坊です。何の使い道もない…。まぁその、石との出会いっていうことで言えば、とても安易ですよね。別に石を彫りたいと思って最初彫った訳ではない。「石を彫ってみないか」と言われて彫ってみたら彫れない、とても敵わない、堅い。ノミを叩くんだけどノミを叩くんじゃなくて手を打つ。そういう積み重ねですよね。普通はそこでめげますよ。めげなかったのは、何故めげなかったのかというと、とても不思議なんですけど、自分のなかに何かあったんでしょうね。小さい時から石っていうのはとても身近、僕もとても田舎に育っていますので、周りは田んぼだらけです。で、石…ちょっと奥行くと山があって、そっから石があって…みたいな。あの、家の土台もすべて石、ていうこと。お墓も石です。石っていうのはだから…日本は木の文化とは言いますけど、木は石の土台の上に成り立ってるものです。ベースですよね。だからそういう面から言えば、そこのめげなかったっていうのは自分のなかにベースがあったのかなって、気がいたします。で、彫っているうちに段々面白くなってきて。で、いろんな石がいろんな所で採れた。で、それ人間一人ひとり違うように、石の特徴も全く違う。だからここは安山岩、信濃川にゴロゴロ転がってます、安山岩。だからこう20億年前、70億年前っていう石ですよね。まぁどのくらい前なのかよく解らないんで。地球が…さっき言われたようにビックバーンで出来て、どうとかこうとかっていう形で出来てからそれからぐにゃぐにゃになって、で隕石が来たり。
でまぁこの前ニュースでも言ったように、えっと「かぐや」ですか?そこから来たあの採ってきた、採取した石のなかにアミノ酸があったと。それが人類の始まり。で、あの成分が始まりではないか、って言われている。で、あの鉱物、ま、鉱物ていうか、そのまぁ石のミネラル分というのと、人間の体ですね、ミネラル分の比率です。鉄が何分、亜鉛がいくつ、カルシウムがいくつって、その…13ですか?そのミネラル分がある比率が、石の比率と人間の比率が同じです。だから、まさしく人間は地球のなかから生まれてきた。だからまぁ宇宙から来た、そういうアミノ酸とかなんとかあったにせよ、地球そのものを作っている石というものと人間の体っていうのは一体、同じです。で、血液は海の水と同じです。ミネラル。
ま、それだけ魅力があるって。だからまぁ、作家はいろんなことを想像して石を彫るわけですけども。それの原点としてはその基礎としてベースとして、さっき言ったような人間のもの全てであるように、私は思っています。だから死んでるものではなくて、自分たちの体のなかにあるものである、という魅力を。これ、あくまでも後付けですから。最初彫っている時はそんなこと知らないんですけども。後付けで自分が作っていくうえで、自分、そういうものを知識と知りながら、あ、石というものはこれだけ魅力のあるものなんだ。俺が石を彫ってることは無駄ではないんだ。地球、ま、公害は出してますけどね、もちろん。山を崩し…ね、山を崩し、埃を出し、音を出し、隣近所に迷惑をかけ怒鳴られ、それでも彫っていられるという、その頑なさが自分のなかにはありますが。まぁそれが苦労ですけども。でもその石を彫っている時のなんか幸せ感。今いろんなことがあって、若い時はいろんな自分のなかに欲望がありましたけども。この歳、まだ70になっていませんけども、この歳になると本当に毎日石を見て彫っている幸せ。それだけでいいなと思って。いくつまで彫れるのか知りませんが。体、とても肉体労働なので。いくつまで彫れるっていうか、体は生きてても石を彫る時間てそう残されたものではない。自分のなかで思います。とってもそれがとっても残念ではありますが、かと言ってそれがとても幸せなことだと。ただ体が生きている限りは石を彫っていられるという自分で自信があります。こういうふうに並べて皆さんに観ていただいて、喜んでいただいて。十日町のあのシンポジウムで作った石も、山内さんが言われたように、なんか去年、子どもたちが乗っかって電車ごっこしているって。電車ごっこって題名の石彫に子どもたちが乗って電車ごっこしていたと。とても嬉しいことだ。こういう幸せっていうのは、やっぱり石を彫っているからかなと。まぁ他の金属でもあるかもしれないけど夏だと熱いですね、金属は。でも、石っていうのは温もりをこう取ってくれたり、また温もりを与えてくれたりするっていう素材だと私は思っています。そういうことでは本当に幸せだなって思っています。あと何年作るかわかりませんが、石というものは素晴らしいものです。
で、石を彫るってことは、とても大変なことです。石を買うっていうのは、この前ようやく金あって、たまに久しぶりに買ったんですけど、100万円しましたね、石が。で、道具、カッター1つ6千円。ちょっと値上がりして、この頃しょぼく値上がりの折、その後高くなりまして。で、石屋さんというものが、僕らと同じ素材を使ってるんですが、どんどんお辞めになってます。ということは我々が彫る道具は殆ど変わらない。それがどんどん道具がなくなってきてる。とても困ったことです。道具ってとても文化です。我々は一つの形体を作って文化を成してますが、それを全部支えているのは、あるまた別の文化です。職人文化とかいろんな文化とか。何百年と培ってきたものの文化の上で、僕らは作品を作らせていただいている。そういうものがなくなってきているということはとっても残念です。それがとても今、苦労しています。ある部品を探そうと思ってもありません。作らない。だから会社、消費者、機械業者が儲からないから作らない。そういう…その何て言うのかな、今世界中が、その経済というものが儲からなければ、儲かればやるけど、儲からなければやらないで。利便性の悪いことはやめる、利便性のいいことだけはやっていく、っていう社会になってしまった。でも僕らのやっていることっていうのは無駄だけで…無駄ですよね。何もない。ただ無駄をいかにしてきたことが人類の歴史ではないか、と私は思っています。無駄がすべて、文化として成り立ってきている。だって何になるか分からないことをやって遂げて、これは素晴らしいことだ、ってあのノーベル賞もらえるじゃないですか。始まったときはバカじゃないですか、って言われた人たちがやってたわけですよ。いかにバカという方がいらっしゃらないと、人類は進んでいかないってことですね。ただ利便性だけを追求したら何もない。ただ石を彫っているバカがいなければ、ひょっとしたら人間、その地球の文化は成り立っていない。だからエジプトのピラミッド、数学がとても発達した。地球、星から数学を学んでそのピラミッドに。だって今はその定義を使っていろんなものを作っている。じゃあそれは、石を、お墓を作りたい。石という素材を使ってお墓を作りたい。じゃあその石をどうしたら積み上げられるかっていうことを計算したんです。じゃ文明の成り立ちじゃないですか。でも今はとても、僕らは肩身の狭い。どこで彫ったらいいかわからない、苦情だらけ、なんていうことはありますが。でもまぁそういう素材、魅力が永遠、人間である限りは、少なくても、少ない人でも分かって、で続けて欲しいなと、私は思います。まぁそれが苦労でもあり、苦しみでもあります。ということであります。はい。

松本:(前略) 何ていうんだろうな。今、石彫ってますけど、あのあまり意識してないていうかね、石。僕はあの立体作っているんで、何でも良いわけです。ただ、僕がやり始めた頃は石はやっている人少なくて。で、素材的には安かった、すごく安かった。ただ重い。運ぶのに金がかかる。だから、じゃあトラックの免許取らなきゃ、免許取ってトラックで運ばなきゃいけない、そういう付随物がいろいろついてきましたね。でも安いしな、これの方が続けられるかなと思って。それで大学に入ってからは、初めから石彫っていました。周りにはいろんな素材、学生に入ってなったばっかりだから、素材をいろいろ選べる状態の時には僕はもう石叩いていましたですね。で、ところが学校に入って石が…あのいらっしゃらなくて、学校も。で、いろいろ困りました。道具がない、場所がないみたいな。居ないなー。しょうがないので…僕は多摩美に入りましたけど、近くに造形大というのがありまして。造形大がまだ卒業生出すか出さないか、あっちもやり始め、まっぱじめで。で、そちらに行って。石がいっぱいあったんですよ。凄く石がいっぱいあった。で、やっている人もいっぱいいた。エネルギー凄かった。ものを作るんだみたいな。石を彫ってガンガンやっているみたいな。で、その人たちは後からいろんな所で、石、なんとか会みたいな所へ出し、いろんな所でシンポジウムに行ったりして。あの、石彫家で有名な人がたくさんおったですね。僕はそのなかでいろいろ教わりましたですよ。それが本当にスタートなんで。 (中略)
ただ日本は、基本木材の国ですから。ここの十日町みたいなブナ林があって、針葉樹も、それから広葉、要するにこう葉っぱの広い…照葉樹、そういういろんな自然の混ざり合った温帯の地域なので、そういう所に木が育っている。凄く地球的にも帯的にもインドのとこからちょこっときてる、四季がはっきりしているみたいな、そういう地域なので。そういう所の素材は、特に日本はちょっとそういう傾向が強い、木材の文化の国なので。そこで石を彫ってもいいものかっていう、僕は昔から疑問はありますが。木も彫ってきましたけど、やっぱりまっぱじめ石彫っちゃったもんだから、元に戻っちゃったんですよね。で、あちこちで石を彫ってきたけど、何て言うんだろうな。石彫ってると落ち着くんですよね。あ、やっぱり石なんだかなぁっと思って。それで、制作は今のところ石やっとりますけど、僕も70になっちゃったんで、じじいになったんでどうしようかとは考えていますが。そう思っていろいろ木は集めたんですよ、木彫もやってたんで。で、木彫は金かかるんですよね。木が高い、えらい高い。自分で、僕東京ですから、東京は結構大木があちこちに枯れて立ってるんですよ。ところがそれ伐る人がいなくて。じゃあ伐ってあげるからこれくれる?みたいな状態で、一時材料を集めました。それで木彫やろうと思ったんですけど、寝かしといて、何年も、10年20年寝かしといても彫る気ににならない。何でだろうと思ったらね。だけど石は置いたら、石彫るわけなんですよ。いやぁどうも俺はダメなんだなぁと思って。それで石はずっと高校の頃から彫ってて、やっぱりしっくりくるんですね。 (中略)
それで石は削岩機で落として、こうやって矢で割ってこうやっていくんでしょ、昔は。僕らはいい加減だから、削岩機で開ける穴彫ってパコンパコンと割りますけど。あれはもうどっちか言うと違うんですね。日本式で言うと、楔でポンポンと割るんですけどね。僕らはそうやって本当は習ったんですよ、初めは。石を割る時はこうだよって。そういう石彫のやり方でやってきたので。そういうものの魅力っていうかね、伝統を受け継いできたんですが。だからさっき荻野さんが言ったように、道具は作れるんですけど、その時間が必要なんですよね。だから買ってくるわけですよ。だけど、そういう伝統がだんだん厳しくなってきてる。鍛冶屋さんがいない、みたいな。鍛冶屋は自分でもできます。僕、鍛冶屋は得意ですから。凄く得意なんです、鍛冶屋は。あの火床を起こす…もう大好きで。石よりももしかしたら、好きかもしれない。昔は、超硬の道具が無かったもんで。一日石彫るときは60本とか、御影石彫るときは、ノミが。60本から70本と石叩いていると必要なんですよ、鉄材のノミが。それをこう火造りするわけですよ。だからどうしても鍛冶屋が上手くなるんですよね。そういうことをやってきた古い人間だから、なんていうんですかね、道具なら無くなると作れないことはないんだけど、歳とともにきつくなってくるんで。それで簡単な方を選んでますが。超硬鋼を使ってやってますが、いっぱいあるので。ただ人間、ふと考えた時には、何ですかね。もう基本的にそういうノミが一本あって叩くってもんが基本ですから、それはなくはならない、と僕は思ってるんで。
それをね、若い人が、今の若い人がやってらっしゃるの、結構いらっしゃいますので。特に今は、女の人が石を彫ってらっしゃる方がおります。僕ら男の方が少ないんですが。だから男女関係なくして、これから多分それなりに続くと思いますので。そういう石彫るって魅力は、これから続くと思いますので。それの…何ていうかな、いくらか手助けできるようになれば良いんだけど。作品も残るわけですけど、これがすごく苦しいんですよ、僕としては。良いものだったらいいんだけど、悪いものだったら早くどけてくれよっていうのがあって。だからそういうのを後の人が見てて、排除しながら良いものを残して、それで町のなかにそういうものが残っていけばと思って、今制作をしているんですが。今、そういう状態ですね。そのど真ん中っていうかです。
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Q3.今回出品された作品のテーマなどをお聞かせください。


岩田:えっと、私の手元にですね、出品リストで岩田実ってのがあって、出品作品が8点くらいあります。で、これは私の制作を年代順に並べておるわけですけれど、一番興味っていうか、「夜の構成」。1990年に作った「夜の構成」というものがあります。で、この作品はですね、日常っていうのは昼間だけかというと、そうでもなくて、やはり夜ってのがね、あの当然出てくるわけですが。夜ってのは目で見える世界かっていうと、本当は夜っていうのは目で見えない世界っていうかね。そういうところに私のこの「夜の構成」1990年から仕事を少し変えてきてるんですよね。で、その「夜の構成」から「生命の無限」、2008年の「生命の無限」この二つくらいのところに私の、まぁどう言ったらいいのかなあ、彫刻の大きなテーマの変遷があります。で、これは自分だから、自分は生きていると思い込みですけど、その思い込みはともかく、なぜ夜があるのかってことをよくよく考えているとですね、目で見えない世界、それから意識のない世界、そういう夜っていうものはですね、意外と人間の想像力の世界だってことがわかってきましてね。それで彫刻を始めてから何だったのかなじゃなくて、その途中にですね、夜っていうものが突如現れ始め、それで夜っていうものをもっと突き詰めていくとですね、「生命の無限」ってところに繋がっていくっていうのが、簡単に言えば私の作品の大きな流れですね。ここに作品のサンプル、「夜の構成」と「生命の無限」ていう大きく二つ、三つに分かれる世界観が分かれる世界を出品しておりますから、どこをそういうことがあるのかっていうふうに観ていただくと、何を観てもいいってわけではなくて、むしろこれを観てくださいっていうのが、今回の出品作の「夜の構成」、それから「生命の無限」です。 (後略)

荻野:えーあれですね、十日町でやるってことで、川をテーマにして。作品1つ1つは全然違うんですけども、テーマとして設置しました。要するに、川というものは水が流れていれば川っていうものではない。川っていうのは本当に文化、というか、その周りの人たちが住んでる、命ではないか。そこで…何て言うんですか、その水で田畑を利用し、我々は天からの恵みで飯を食わせていただき、で、そこには人間だけじゃなくて動物も来、そういうもののいろんなものの周りの環境が、その川に集約されている。だからその、見てもわかるように、石だけではない。だから信濃川は安山岩がいっぱいゴロゴロして、とても魅力的な形をしてますけれども。じゃなくて、いろんな動物なり人間なりということを考えて、だから川をテーマにして、十日町市らしく作ってみました。それが共鳴いただけるかどうかは分かりません。ただ、自分では面白いなって思っています。以上です。

松本:僕の場合は、石、石の…要するに可能性だけですね。石が重いとか、石、その本来の素材の持っている意味をね、いろんな意味でちょっと並べたっていうのが、今までやってきてるそういうのがテーマだったんで、それを復習してきた状態のものですかね。そういう状態のものをちょっと並べたんですよね。だからあの…何ですかね、こう統一できたような状態の作品ではないと。本来から持ってる、根本にある一つの自分の課題はあるんですが、石に対して。それのいろんな状態をちょっと並べたっていうかね、そういうのがちょっとテーマって言えばテーマなのかな、とは思いますが。だから、石でこんなことやって良いのかっていう状態のもの、それから石は重いんだけどどうなんだ、みたいなね。見た目に重くなって、今度膨らんじゃったらどうなるんだってみたいな、へこんじゃったらどうなるんだっていう、そういうものをこうあるテーマのなかで並べてて、いろんな形の石の素材をちょっと素材として表現したっていうのが今の状態で並べました。

テラスの彫刻が替わりました!!

2022. 4. 25

二科新潟支部彫刻部の皆さんにご協力いただいている当館テラスの展示スペース。
毎年ゴールデンウィーク前に作品の入替をしていただいています。
彫刻作品は周囲の空気も変えてくれます。
今回は古川憲さんの木彫「里山」と、古森清五郎さんの「はじまる」です。
ご来館の際はぜひテラスまでご覧ください!!

 
古川憲さん          古森清五郎さん

 
《里山》クスノキ 2018     《はじまる》ALC,樹脂 2021


新型コロナウイルス感染拡大防止に関するお願い

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、皆様のご理解・ご協力をお願いいたします。

・マスク着用のお願い
 ご入館の際は、マスクの着用をお願いいたします。
 マスクをお持ちでない場合は、必ずハンカチをお持ちください。
 ※当面の間、マスク着用でないお客様のご入館をご遠慮いただく場合がございます。

・手洗い・アルコール消毒のお願い
 ご入館の際は、手指のアルコール消毒をお願いいたします。

・咳エチケットのお願い
 咳やくしゃみをする際、飛沫が飛ばないよう口元をハンカチやティッシュ、袖などで抑える咳エチケットをお心掛けください。

・ご来館前の体温測定と体調チェックのお願い
 体温が37度5分以上ある、咳などの風邪症状がある等、体調がすぐれない場合はご来館をお控えくださいますようお願いいたします。

・作品鑑賞時のお願い
 作品鑑賞の際には、他のお客様との距離をあけて、展示室内での会話は極力お控えくださいますようお願いいたします。